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アイエツ、フランチェスコ |
(1791-1882) イタリア ロマン主義 キス* |
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アーウィット、エリオット |
(1928- ) パリ生まれ、アメリカに移住、マグナム写真家 * |
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アウグスト・マッケ |
(1887-1914) ドイツ 20世紀 表現主義 |
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アッカーマン |
抽象画 コンテポラリー・アーティスト |
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アキ、クロダ |
(1944- ) * |
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アギラール、キャサリン |
モダン・デザイン |
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アーサー・ヒュース |
(1832-1915) イギリス ラファエル前派 オフィーリア* |
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アーシュレー・ディヴィッド |
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アーシル・ゴーキー |
(1904-1948) アルメニア生まれ アメリカ 抽象表現主義
アルメニア生まれ。トルコ人による虐殺(1915年)から逃れ、
1925年アメリカへ移民する。後に美術教師となる。
シュルレアリズムと抽象主義をつなぐ存在として評価が高まる。
1946年、火災のため作品の多くを失う。その後、ガンの診断が下る。
1948年、自動車事故で首を痛める。
妻が去っていく。
身辺に不幸があいつぎ、43歳で自殺した。 |
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アーシュワーガー、リチャード |
(1923-) アメリカ |
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遊馬正 |
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アダミ、ヴァレリオ |
(1935-) イタリア |
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アダムズ、タマラ |
アメリカ |
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アダモ |
(1955−) カナダ |
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アーティン、トム |
(1938- ) カナダ生まれ 、アメリカ在住 写真家・ミュジシャン |
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アーノルド・ベックリン |
( 1827-1901 ) スイス 世紀末芸術、象徴主義 |
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アーフェル・カンプ |
(1585-1634) オランダ バロック |
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アペル、カレル |
(1921-) アムステルダム生まれ |
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アメデオ・モディリアーニ |
(1884-1920) イタリア 移民画家 エコール・ド・パリ * |
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アルトマン |
(1924-2003) アメリカ |
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アルチンボルド |
( 1530-1593 ) イタリア マニエリズム |
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アール・ヌーボー |
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アルバース、ジョセフ |
(1888-1976) ドイツ・アメリカ デザイナー
オプ・アートの先駆け。ミニマリズム(1960年代)。
デ・ステイルの影響を受け、バウハウスで学び、教えていた。
ここで、カンディンスキー、パウル・クレー、ミース・ファン・デル・ローエなどに出会う。
ナチによる前衛美術の弾圧のため、1933年渡米。
アメリカではブラック・マウンテン・カレッジなどで教えていた。
家具、ガラスのデザイン。写真も手掛けた。
著書に「色彩の相互作用」(1963)がある。 |
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アルバート・ムーア |
(1841-1893) イギリス ラファエル前派 * |
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アルフレッド・シスレー |
(1839-99) フランス 印象派 * |
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アルフレッド・G |
(1952-) ドイツ コンテンポラリー・アーティスト |
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アルベルト・ジャコメッティ |
(1901-0966) スイス シュルレアリスト * |
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アルマ・タデマ |
(1836-1912) ラファエル前派 |
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アレシンスキー、ピエール |
(1927-) ブリュッセル生まれ 画家集団コブラ
ベルギーを代表する画家。
ブリュッセル建築工芸大学でイラストやタイポグラフィーを学ぶ。
1949年に画家集団『コブラ』の創設メンバーとなる。
この「コブラ」というのは、理性からではなく、
無意識から出る自由な表現を目指した。
筆使いが奔放で、色彩の強烈な使用が特徴。
アレシンスキー、アスガー・ヨルン、カレル・アペルが創設者。
1955年、日本に来日。伝統的芸術を学ぶ。
日本の書などは、アレシンスキーの作品に落ち着きを与えた。 |
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アレグザンダー・コールダー |
( 1898-1976 ) アメリカ * |
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アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー |
(1864-1941) ロシア生まれ ドイツ 表現主義
青騎士の主要画家の一人 * |
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アレヤーノ |
コンテンポラリー・アーティスト |
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アレン・ジョーンズ |
(1937-) イギリス ポップアート
RBA画廊の「若き現代作家展」に参加。
リトグラフ、写真、水彩など多様な表現で作品を制作。
マスメディアのイメージを使って彫刻やオブジェも試みる。 |
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アングル |
(1780-1867) フランス 新古典主義
ダヴィッドがナポレオンとともに、失脚した後、
フランス古典主義を受け継いだのは、アングルであった。 |
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アンセル・アダムス |
(1902-1984) アメリカ 写真家 |
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アンソール |
( 1860-1949 ) ベルギー 表現主義
1877年ブリュッセルのアカデミーに入学。
ボルタールス、スタラールトに師事。
前衛サークルに参加したが、スキャンダラスな作品は出品を拒否される。
90年頃から仮面や骸骨をモティーフにした寓意画を描くようになる。
ベルギーのオステンデに記念館がある。 |
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アンダーソン、キム |
オランダ 写真家(子供の写真)
白黒写真に少し色を乗せ、子供時代の感覚が少しずつ無くなっていく感じを出している。。 |
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アンダーソン、ソフィー |
(1823-1903) フランス ラファエル前派 |
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アンディ・ウォーホル |
( 1928-1987 ) アメリカ ポップアート |
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アントニオ・ガウディ |
(1852-1926) スペイン アール・ヌーボー バルセロナ *
アール・ヌーボーは自然の形からとった波型の曲線を特徴とする模様に基づいた、
新しい装飾であった。
その影響は錬鉄細工、宝飾品、ガラス細工など多岐に渡った。
しかし、建築デザインだけは容易ではなかった。
ガウディはやってのけた。カサミラである。
しかし、この特異な建築に後継者は出なかった。というより出ようもなかった。
ヘンリー・ムーアの彫刻の先駆とはなった。 |
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アンドリュー・ワイエス |
( 1917〜) アメリカ 現代リアリスト、アメリカン・リアリズム *
1938年ニューヨークのマクベス画廊での初個展以来、
ペンシルヴェニア州、メイン州の生活風景を描いた。
全米芸術賞など数々の賞を受け、
現代アメリカの作家としての地位を確立した。 |
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アンドレ・ドラン |
(1880-1954) フランス 20世紀 フォーヴィズム
マティス、ヴラマンクと親しく、印象派の影響を受けたが、
後に原始芸術や古典絵画を研究。
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アンブロージョ・ローレンツェッティ |
(1290-1348) イタリア 初期ゴシック * |
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アンリ・ルソー |
(1844-1910) フランス 素朴派 後期印象派
20世紀 幻想の芸術 プリミティズム*
パリ郊外の間接税務局に勤める下級官吏だった。
40歳ごろ趣味で絵を描き始める。
翌1885年、退職して、バイオリン教師をしながら、アマチュア画家となる。
人柄も素朴で、純真、無邪気であったが、描く絵も無邪気なファンタジーに満ちていた。
ちょうど、「原始芸術(プリミティヴ・アート)」が流行り出す頃であったので、注目を集める。
ゴーギャン、ピサロ、ルノワール、ピカソも、彼の作品に興味をもった。 |
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アン・マギル |
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アンリ・マティス(1) |
(1869-1954) フランス 20世紀 フォヴィスト
画家としての、マティスのキャリアは長く、スタイルも様々である。
印象派から、抽象画に近いものまで幅広い。
フォヴィスト(野獣派)の画家として出発した。
フランスのリヴィエラ海岸地方(南仏)のニースとヴァンスに住み始めてから、
色彩への賛美は始まった。
1941年、十二指腸ガンを宣告され、以後、車椅子の生活になった。
ヴァンスのロザリオ礼拝堂の壮大な壁画を完成させたのは、そんな状態の中でであった。
マティスは神経質で心配性な気質であった
マティスは「野獣派の王」として有名になった。
しかし、この紳士的で、知的な画家にとって、野獣派という言葉自体、不似合いである。
マティスは情熱的ではあるが、野性的などでは決してない。 |
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アンリ・マティス (2) |
切り絵のポスター * |
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アンリ・マティス (3) |
線画のポスター * |
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