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ヴァハトマイスター、ロジーナ  (1939- ) ウィーン生まれ イタリア在住 *
ヴァロットン (1865-1925) スイス生まれ  フランス  ナビ派
1882年にパリに出る。
1890年に日本の版画展を見てから、大きな面の黒・白の木版画を制作。
1900年フランスに帰化。
木版画は評価が高く、世紀末のグラフィック美術に影響を与えた。
ヴァン・ドンゲン (1877-1968) オランダ  フォーヴィズム   エコール・ド・パリ
ロッテルダムで絵画を学んだ。
1897年20才の時にパリに出る。
ポーターや新聞売りなどをしながら、フォーヴや表現主義などの運動に参加した。
洗濯船(バトー・ラヴォワール)というアトリエ兼アパートに住み着いた。
この洗濯船はピカソ、グリス、ブラック、モディリアーニが若い頃住んでいて、
キュビズム発祥の地となっている。
第一次大戦後、1920年くらいから、ヴァン・ドンゲンの洗練された作品は、
大変な人気になり、
社交的な性格もあって、上流階級の婦人たちに多くの肖像を描く。
1929年にフランス国籍になる。
ヴィクトル・ヴァザルリ (1908-1997) ハンガリー生まれ、フランス 抽象画家  
オプティカル・アート/オプ・アート

ブタペストでモホイ-ナジに師事。
オプティカル・アートの創始者。
建築や都市計画のコラボレーションなども手掛ける。
ブタペストにヴァザルリ美術館がある。
ヴィジェ・ルブラン (1755-1842) フランス 新古典主義  女流画家

パリで、肖像画家である父親と美容師である母親との間に生まれる。
父親は彼女が15歳の時に亡くなったが、
彼女が描く肖像画で、母親と弟は生活していた。
彼女の評判はすぐに上がり、貴族や社交界から注文を受けるようになる。
その中には、ロシアの皇帝のナンバー3とうたわれた人物もいる。
女王マリー・アントワネットに気に入られ、多くの肖像を描いた。
フランス革命勃発後は、フランスを離れ、ヨーロッパ各国を旅し、
先々で、肖像画家として成功した。
ウィートリー   ( 1747-1801 )  イギリス
ウィリアム・ブーグロー (1825-1905)  フランス  アカデミズム
父親はイギリス出身。
1846年、パリのエコール・デ・ボザールに入学。
1850年、ローマ賞を受賞し、イタリアに留学。
1854年、パリ万博で大成功する。「殉教の勝利」
以後、サント・クロティルド聖堂(パリ)、ボルドーの大劇場、ラ・ロッシュの大聖堂などの装飾に携わる。
1888年、エコール・デ・ボザールで教授をし、多くの生徒を育てている。
ウィリアム・モリス   ラファエル前派 *
ウィレム・デ・クーニング   (1904-) オランダ 抽象表現主義  アクション・ペインティング 
ロッテルダム生まれ。
装飾商会の小僧をしながら、夜学校で美術を学んだ。
22歳のとき、無賃乗船でアメリカに渡った。
ウィンスロー・ホーマー   (1834-1910) アメリカ 印象派  *
ウィンターハルター  ( 1805-1873頃) ドイツ アカデミズム
ウェッセルマン  (1931-2004) アメリカ ポップアート
ヴェトリアーノ、ジャック (1953- ) イギリス *
ヴォーグ  ファッション雑誌
ウォッツ、ジョージ・フレデリック (1817-1904) イギリス ラファエル前派・象徴主義 希望
ウォーターハウス  (1849-1917) イギリス ラファエル前派 ギリシャ神話*
ウォーホル、アンディ   ( 1928-1987 ) アメリカ  ポップアート
ウォルター・クレイン   ( 1845-1915 ) イギリス ラファエル前派 *
ウッド、グラント  ( 1891-1942 ) アメリカ
ウテ・メルテン
ヴュイヤール (1868-1940) ナビ派、 後期印象派  アンティミスム(親密派)
ボナールとともにナビ派を結成。
ゴーガンや日本美術に影響を受ける。
装飾壁画、舞台美術の仕事もした。
家庭的な和やかな作品は、アンティミストと呼ばれた。
フランスにドイツが侵攻。
それを逃れてブルターニュへ移動。
ヴラマンク  (1876-1958) フランス 20世紀フォヴィスト

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